moku journal vol.1 潤い




潤いとは物理的に湿り気があることや、生活や心にゆとりがあること。
少し考えてみると、余裕が無いとどんどん心が小さくなり
ときには自己中心的な人間になってしまうことがある。
私たちは日常の中で無意識に水を飲んだり保湿をしたりして潤いを保っているが、植物はどうだろうか。
植物が枯れると葉が茶色くなり下を向いているような姿になる。
植物は根から吸水する。そして葉の気孔を開閉して水を体外へ出す量を調節している。
また光合成にも水は必要な材料となる。
これができなくなるとストレスを受け、様々な影響を受ける。

水やりの適切な量は、鉢の下から水が出てくるまでの量。
鉢の下から水が出てくるということは、全ての根に水が行き渡ったことになるからだ。
土や苔が乾いているのは、スポンジが乾いている状態と同じであるので、
一度鉢の下から水が出てきたら、もう一度繰り返し水をあげて、十分に水を染み込ませると安心である。
この時、霧吹きやシャワーで植物の上から雨のように水を降らせると
葉の埃や害虫対策にもなる。

植物を育てていて枯れてしまった人の中には、水やりの時間を確保できなかったか、水やりの量が少なかったために、気づいたら枯れていた!という人が多いのかなと思う。
私も家でいくつか植物を育てている。
朝起きるとなんとなくiPhoneを触っていたが、それを続けていたら身体が重い感じがあった。
それをきっかけに生活リズムを変えてみた。起きてからとりあえず立ち上がり、水やりをしたり植物を眺めるようになってから、心身ともに健康になった気がする。蘭の根が伸びていたり、ときには花芽が上がってきていたり、植物の新芽が出ているのを発見するとうれしくなる。
そんな風に、生活リズムの中で水やりに当てられそうな時間を見つけて、習慣にすると良いのかもしれない。生活リズムの中に新しいことが入ってくると、気分も変わって新たな発見もありそう。

先日旅行に行ったのだが、その日は雨が降っていた。前の日から天気予報で明日は雨とあったので知っていたことだが、起きて本当に雨が降っていたので朝から最悪な気分であった。友人との旅であったがその日は別行動することになり、私は寺を訪れた。寺に入ってすぐ目の前に池があった。池に次々に雨が落ちて水面の上で丸く広がる景色は花火に似ていた。一定した雨の音に包まれた感覚は安心感があり、日常から離れ、静寂に身を委ねるという体験をした。この時間をきっかけに、雨が嫌いではなくなった。日常に戻っても、街の木々がしっとりとしていたり、外から聞こえてくる雨の音を聞くと落ち着くことに気づき、ひとつ考え方が変わったのであった。
そんな風に日常の中でいつもと違う道を通ってみると、新しい発見があるかもしれない。